どうも、51(コーイチ)です。
今日は有名な「魚が欲しい人にどう対応するのか」という話。
もちろん魚は比喩表現。
数あるビジネス書の中で何度も出てくる表現ですが、少し違う視点も踏まえて考えてみました。
魚が欲しいという人に、本当に釣り方を教えていいのか?
よくこんな話聞かないですか?
魚が欲しい人がいます。あなたはどうしますか?
- 魚をあげる
- 魚の釣り方を教えてあげる
魚をあげるだけだと1回きりで終わってしまう。
なので魚の釣り方を教えてあげれば一生魚を釣れるので食べていける。
だから正解は2番だと。
その考えもいいのです。
自分の子どもや育てたい社員などにはその考えはとても素晴らしい!
だがしかし、『今』魚が欲しい人が目の前にいたらどうしますか?
魚が欲しい人がいます。
— 51(コーイチ)@噂の絶好調の人 (@barairofuufu) December 9, 2018
1.魚をあげる
2.魚の釣り方を教えてあげる
2が正解のように思う。
しかし、本当に『今』魚が欲しい人には魚をあげる。『今』魚が欲しい人に魚の釣り方を教えても嫌がられることがある。
問題なのは『今』かどうか。
簡単な例を出しましょう。
砂漠で1週間飲まず食わずでさまよった人に出会いました。
水を『今』すぐ欲しいと言っています。
あなたはどうしますか?
- 水をあげる
- 井戸の掘り方を教えてあげる
さすがにこの例は1番ですよね!
これ2番の選択を選んでしまうと罵声を浴びせられそうです。
『短期』目線でいけば「魚」を渡せばいいし、『長期』目線でいけば「魚の釣り方」を教えてあげればいい。
『今』か『ずっと先』なのかどうかということです。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
魚が欲しい人には魚の釣り方を教えてあげればいい。
わたしはずっとそう思ってました。
しかし、『今』という時間軸を考えたとき、それでいいのだろうかという疑問がわいたのです。
自分だったらどうだろうか考えてみた。
自分が『今』すぐ欲しい場合、どんなに高くても買うことがあります。
『手に入れる方法』を教えてもらい時間をかければ手に入るかもしれない。
しかし、その時間を他に使いたい人もいる。
『短期』なのか『長期』なのかで考えれば、その人にあった方法を教えられる(上げる)のかもしれない。
『今』魚が欲しい人にはあげちゃう!
育てたいと思ったら釣り方を教えればいい。